自分は気分転換が下手くそだなぁ
と思うことがある。
というのも、最近、仕事で細かいミスが続いていた。
もちろん、一個一個のミスに対しての分析と
対策は立てて、実行している。
ただ、根本的な理由(大きな目線で見た原因)に対して
策をとれてなかった。
それが何かはわかっている。
飽きているのだ、仕事に。
自分は一つのものに熱中しがちで、
またそうしたがる性格だから、
「気分転換」というものについて
無頓着というか、
ややもすれば見下している気すらある。
そして自分でも気づかないうちに消耗してしまうのだ。
しかしこのまま「飽きました」では筋が通らない。
じゃあどうするか…
そういえば、最近えらく銭湯に行く。
くわえて、どうもその理由が
私が和風なものが好きだからのようだ。
ならば…

JR東海:(https://souda-kyoto.jp/)
和風といえば東京下町。その中でも
浅草の周辺地域は今でも
昔の東京を残す地域だ。
両さんの実家もあそこらへん(のはず)
銭湯+和風。このスーパー安易な足し算的アイデアによって、
私は浅草へと、電車に体を揺らすことにした。
カポーン(風呂桶の音)
入っている間も、気分転換とは何かについて考え、探っていた。
入る風呂を変えてみたり(もちろん他人の迷惑にならぬよう)
色々見回してみたり。
天井デケぇし、高い。
風呂上がり、『バカボンド』を読んでいた。
12巻くらいまでしか読んでないが、興味深い。
主人公の宮本武蔵が、天下最強(天下無双)を求めて
諸国を巡り、強さを求め、
その旅の中で色々なことに気づいていく物語だ。
その中で、最強であることに固執する武蔵の頭に
こびりついて離れない一言が出てくる。
そうか、「気分転換」もただの言葉なのかもしれない。
つまり、気分転換というものに囚われていては、
気分転換はできないのかもしれない。
良い店だった。銭湯を出て歩いていく…
あ、たい焼きでも食うか。
パリッ、ムシャムシャ。
ムシャムシャ…
…なんか良い香りがする…
…包み紙のにおいだ…!
たい焼きをかじろうと、顔を近づけた時に香る
真新しい紙の、ほんの少ししめって柔らかくなった紙のにおいだ。
気分が少し上向いたのを感じた。
そうか、これが気分転換かもしれない。
それならば、アンテナを立てておくのは
大事かもしれない。
つまり、自分が良いと感じるもの。
ビビッとくるものを受け入れることは
気分転換に必要かもしれない。
(もしそうならば、疲れてる時とか
腹減ってる時にアンテナの感度が下がるのが
わかっているから、その対策はできる)
・気分転換に囚われては気分転換にならない説。
・自分の感性(センス、アンテナ)にひっかかるものを大事にする説。
この2つを仮説として、レポートを書いておこう。

